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ホンダのF1撤退

 やっぱり・・・という気がしないわけでないが、ホンダがF1から撤退することを発表した。発表の内容は、経済状況の悪化に伴い、利益が大幅に低減することが見込まれるため、経営資源を本業に集中させたいという理由となっている。
 たぶん福井社長や経営陣は、今年の途中から撤退を考えていたと想像できる。
 もうひとつ注目すべき点は、従来はホンダはF1活動を休止したことはあったが、撤退とは表現しなかったのに対し、今回は撤退である。この前提には、来年からしばらくはエネルギー回生システムの採用やエンジンのワンメイク案など、本来のF1グランプリ像にとって好ましからざる方向に進むとの見通しがあり、そうなればホンダの意欲をかきたてるものではないという判断もあるのだろう。
 しかし、金融危機による経営環境の悪化といった背景は最終的な撤退の引き金にはなったものの、実際のところは惨憺たる成績に対する絶望感も小さくないはずだ。
 決勝レースのラップタイムがトップグループから1秒以上も遅いのではレースにはならなかった。現在のホンダF1チームの枠組みはBARと組んだ2000年シーズンからで、2005年にはオールホンダ体制となっているが、その状態での惨憺たる結果であるため、本田技研側にとってF1グランプリ参戦の意味は認められず、むしろイメージダウンでしかなかったはずだ。
 もともとホンダのレース活動は、本田技研工業とホンダ技術研究所の間で齟齬をきたしやすい特徴を持っているが、現在までのレース成績と撤退決定は栃木研究所(TRD)、青山本社ともに頷かざるを得なかっただろう。
 
 ホンダは1964年、当時はまだ1.5Lエンジンの時代にF1グランプリに挑戦した。当時は本田宗一郎社長の号令の下に、無謀にもグランプリに挑戦したのであるが、この時には中村良夫という優れたエンジニアが開発、レース運営を1人で担当し、チーム要員もオール社員という思い切った構成で、エンジン、シャシーともに内製であった。このような体制で勝利を挙げ、これは快挙というべきであろう。
 ただ、この第1期、4年間の活動は、本田社長と中村技師との戦いの場でもあったのだが。

 第2期は、1983年から92年までの9年間で、この時期はエンジン・サプライヤーとしての参戦であった。1.5LターボエンジンからNA化の時代であり、電子制御ターボの時代には無敵のエンジンとなった。
ホンダ・エンジンを搭載したのはウイリアムズやマクラーレンなどトップチームであり多くの勝利を記録したが、その反面で、A.セナなどドライはーはホンダが契約したり、ホンダのエンジニアがチームの「総監督」を自称したりと、イレギュラーなレース活動でもあった。また、エンジンは和光研究所で選抜されたチームが開発、製造を行うといった体制であった。
 レースの成績的には文句はつけようがなかったが、本社の企画室と和光研究所の選抜チームだけによるF1活動に関与できない栃木研究所にはフラストレーションが溜まったのではないだろうか。栃木研究所では来るべきオールホンダ体制に備えて密かに試作F1シャシーを製作したり実験をしていたといわれる。
 しかしながら、NAエンジンの時代に入るとホンダ・エンジンは優位性を失い、92年に活動を休止した。

 2000年からのレース活動は、当初からエンジン供給のみではなく、シャシー開発をも担当するという形態で開始された。このレース活動は栃木研究所のモータースポーツ企画室が開発を統括し、いわば第1期と同様のオールホンダ体制となったのであるが、皮肉なことに最も惨憺たる結果に終わることになった。それは純粋に技術的な問題であった。空力とシャシーの戦闘力が低く、トップグループにははるかに及ばなかったのだ。またF1グランプリでは、1レースごとの技術的な革新が求められるが、そうした改善能力も乏しかった。最終的にはフェラーリのチーフエンジニアであったロス・ブラウンを招聘したが、これとて1年では成果は得られなかった。
 ホンダ・チームは規模的に言えば有数の自動車メーカーチームであり、スーパーコンピューターによるシミュレーション、構造計算などのインフラからエンジニアの数に至るまで遜色なかったはずであるが、カーボン積層モノコックの製造ノウハウやシャシー、空力の開発とマシン全体のバランスを実現することはけっきょくじゅうぶんにできなかったといわざるをえない。断片的な情報としても、ブレーキ安定性の低さ、トラクション不足といった症状には首をかしげざるをえなかった。
 そもそもプライベートチームは、幸運による勝利でも勝ちは勝ちなのだが、メーカーチームはテクノロジーに裏打ちされた圧倒的な勝利でなければ価値はない。そのテクノロジーが問われたことこそ最大の問題なのである。

 ホンダのF1復帰は当分望めないということなのか、永久に撤退なのか、それは今のところ判断できない。しかし、F1だけがモータースポーツではないし、ホンダの人々の多くがモータースポーツを理解しているとも思えないので、まだまだ今後学ぶべき点は多いと思う。あえていえば、WRCやルマンでもホンダの姿を見てみたいものである。

 
 
 

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