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GM サターン

 後に「サターン・プロジェクト」と呼ばれるGMの画期的な小型車開発プロジェクトのスタートは、1983年11月にさかのぼる。
 当時のGM会長のR.スミスが日本製小型車に勝るクルマを新たに開発することを決定し、発表したのだ。80年代に入った当時のアメリカ市場は、日本製の小型車(サブコンパクトカー)が円安という追い風に乗じて猛烈な勢いでシェアを伸ばしており、これに対抗してGMは日本製サブコンパクトカーを圧倒するにふさわしい、優れたクルマを開発する事を決意したのである。このポリジェクとのためにGMは35億ドルを投入することになったという。
 この新しい小型車はサターンと名付けられ単に新型車を開発するだけではなく、そのクルマ専用の会社、専用の工場、専用の販売網をも新たに作ることになり、これらを総称して「サターン・プロジェクト」と呼ばれることになった。
 そして、発表から2年後の85年1月、GMの100%出資による独立会社、サターン・コーポレーションが発足し、ミシガン州デトロイトの北部郊外にあるトロイ市に本拠がおかれた。
 このようにサターン・プロジェクトは単なる新しいサブコンパクトカーの開発ではなく、専門のメーカーを新設するという壮大なプロジェクトであった。この野心的なプロジェクトに対して、アメリカでは多くのマスコミが懐疑的、批判的でありこのプロジェクトは失敗するであろうといわれた。しかしGMは、新しい会社を創設するための基礎固めを着々と推進していった。
 全米のGM工場や労働組合から選ばれた99人のプロジェクト・メンバーがそれぞれの専門分野に分かれて、サターンの可能性に対する調査、研究を実施したり、まさにGMと労働組合が組織横断的な体制を組んでプロジェクトを起動させたのだ。
 ところで、GM内部では高性能、高品質の日本製小型車を凌駕できるような画期的なサブコンパクトカーの研究を82年頃からひそかに進めていた。この研究は日本製の性能を上回る、革新的な小型車のスタディであり、最初のコンセプト・スタディ・モデルは86年初頭に完成した。そして、この年の秋には3/8スケールの樹脂モデルの4ドア・セダンが製作された。また、これと前後してシャーシのプロトタイプも試作されている。
 シリーズの基本となる4ドア・モデルのスタイリングは87年4月に最終決定し、これをベースに量産モデル開発のスタートが切られている。 
 サターンというクルマは、たんにダウンサイズしたアメリカ車ということではなく、かつてないほど積極的に新しい技術にチャレンジしたクルマであった。
 サターンは全長は約4.5mとし、ホイールベースは2600㎜、そして全幅は1695㎜…まさに日本車のサイズに納めて、搭載するエンジンは4気筒、1.9L、車両重量は限りなく1000kgに迫る事にした。日本でMクラスと呼ばれるクラスをターゲットにして、それを上回ろうという車両企画であり、そのために、世界でも類を見ない新しい技術を採用した。
 サターンは通常の常識を破るプレス成形の高張力鋼板によるスペースフレーム構造を採用し、高強度の骨格を形成している。そしてボディのアウターパネルのうちボンネットやルーフはスチールパネルを採用しているが、バンパー、フェンダー、ドアパネルなどには樹脂パネルを採用して、軽量なボディを実現しているのだ。
 サターン独自の樹脂パネルは、軽量であること、ボルトオン構造のため修理コストが安くなること、小さな衝突や傷に強いことなど、ユーザーメリットが大きいという利点から採用されたのだ。なお、樹脂パネルと総称されているが、バンパーは熱可塑オレフィン、ワゴンのバックドアは高い強度が得られるSMC、フェンダーやクォーターパネルはナイロンで強化されたGTX、ドアパネルは強度と柔軟性を両立させるABSという具合に適材適所の材料選択がされているのが特徴だ。
 そしてまた、これらの樹脂パネルを骨格のスペース・フレームに取り付けるために専用のクリップまで開発、採用されている。
 エンジンは、アルミ製の1.9Lの横置き4気筒で、大変軽量・コンパクトにまとめられている。当初はSOHCであったがその後はDOHCも追加されている。カム駆動は信頼性の高いチェーン駆動を採用。また、エンジンの各パーツの生産精度と生産効率を高めるために、シリンダーブロック、シリンダーヘッド、クランクシャフト、ファイナルギアケースは発泡スチロールによるロストフォーム式精密鋳造によって作られているのも大きな特徴となっていた。
 エンジンの出力特性は、ATとのマッチング、実用性能を徹底的に重視した低中速タイプである。最高回転数を低めにし、レギュラーガソリンを使用するなど実用性能、実用燃費を実現している。
 ATは電子制御タイプで、ドライバーの運転パターンを学習する最適変速制御、そして走行条件に自動的にマッチするファジィ制御など先進的な制御システムを採用。
 サターンは、安全性でも先進性を発揮し、全車が運転席、助手席エアバッグ、ABS、トラクション・コントロールを標準装備しているのはもちろん、連邦自動車安全基準(FMVSS)をクリア。50km/hでの正面衝突はもちろんのこと、後面、側面衝突からの衝撃も吸収しキャビンの変形を抑える、高強度のスペースフレームによる骨格構造を採用している。
 サターン・プロジェクトでは、サターン・コーポレーションというメーカーを創設するとともに、従来の自動車販売店とは異なる、独自の新しい販売網を作り上げることも含まれており、これはプロジェクトの中でも重要な位置づけとされていた。
 従来からある伝統的な自動車販売店は、購入希望者との価格値引き交渉に大きな労力を費やしてきた。しかし、購入希望者は自分と他のカスタマーでは値引きが違うのではないかということに疑惑を抱いたり、販売店に対する不信感を持つことが少なくなかったのが現実である。
 つまり従来型のディーラーに対する顧客満足度は低く、決して顧客からは信頼されていないのだ。こうした自動車販売店が抱える構造的な問題点を解決するために、最初から適正な価格を設定して値引きを行わない「サターンプライス」が導入された。
 この全てのカスタマーに公平で、透明性のあるサターン・プライスを採用することによって、ディーラーは価格の値引き交渉から解放され、カスタマーに対する様々なサービスに力を注ぐことができるということである。
 このサターンの販売方法は、サターンプロジェクト実現のためにカスタマーの意識調査を徹底的に行い、カスタマーにとって最も好ましい販売店を創設することを重要なテーマと考えた結果生まれたもので、従来の自動車販売方法を区別するために「ディーラー」と呼ばれている販売店を「リテーラー」という名称に変え、「セールスマン」は「セールス・コンサルタント」と呼ばれることになった。そして、カスタマーのためのコンサルタントであるという限りは、カスタマーの立場に立った適切なサービスの提供が要求されるので、独特な内容を持つ各種トレーニングを行うようになった。これは、その他の自動車メーカー、販売店にも大きな影響を与えることになった。
 サターンは90年7月に1号車がラインオフし、その年の10月に全米で発売が開始された。
 サターンは、最初から爆発的なヒットをしたわけではないが、カスタマーを優先するコンセプトが広く理解されるにつれ、販売は順調に伸び続け、93年には50万台、95年には100万台を記録した。
 リテーラーのカスタマーへのサービス、満足度を重視するポリシーも好評を博し、例えば94年に行われた「ホーム・カミング」というイベントが行われている。テネシー州スプリングヒル工場を舞台に行われた、このカスタマー・イベントには全米から4万4000人のサターン・オーナーとその家族が参加したのだ。このようなイベントはサターンの持つ特徴をよく表している。
 なお、アメリカで成功を収めたサターンは、1997年に日本のマーケットにも進出した。車種はSシリーズのみで、。「礼をつくす会社、礼をつくすクルマ」というキャッチフレーズを掲げた。アメリカと同様にワンプライス制で値引きなし、来店客に店側からは積極的に声を掛けないノープレッシャー営業など、アメリカのサターン方式をそのまま導入した。これらの販売システムは日本のメーカーの注目を浴びたが、日本ではサターンの販売は不振で、2001年に撤退した。
1990年モデル SL2
99年モデル SC2

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