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フォードT型

主要ラインアップ

レイアウト


フォードT型が発売されてから今年で100周年を迎える。
デトロイトのピケット工場で最初の市販モデルTの1台がラインオフしたのは、1908年9月で、10月から発売された。販売価格は900ドル弱で、当時の乗用車は1000ドル以上であったから、コストバリューが優れていた。それにしても、このクルマはヘンリー・フォードが考えていた以上の爆発的なヒット作となり、大増産のため従来からあった他のモデルはすべて生産をストップし、T型だけをひたすら作り続けた。
また爆発的な販売にあわせて、フォードはいち早く全米にサービス拠点を配置し、補修部品を各地にストックさせたことでさらに人気は高まった。
T型は安いだけではなく、頑丈で信頼性が高く補修も容易だったし、運転のしやすさでも群を抜いていた。イージードライブであったため、初めてクルマを購入する層や女性層にも受け入れられた。

有名なライン生産方式も、最初から採り入れられていたわけではなく、増産のための必然であり、新工場のハイランドパークで、徐々に生産システムは洗練されていった。この過程でいわゆる非熟練工による流れ作業方式、作業時間管理、部品の互換性を高めるための規格化などを組み合わせた大量生産方式が確立されたのだ。
発売初期には1台当たり14時間を要したアッセンブリー所要時間は、ベルトコンベア式アッセンブリーが確立された1914年には1台当たり1時間33分にまで短縮されたといわれる。
この生産方式は、欧州では唯一、ソ連だけがフォードの提案を受け、取り入れた。
また、T型の量産効果により価格は低減され、発売後9年で360ドルに、そして17年後には290ドルにまで価格を下げている。発売当初の1/3の価格になったのだから驚かされる。
またその一方で、ヘンリー・フォードは、T型は完璧であり、モデルチェンジの必要はないと確信しており、1908年から競争力を失う1927年まで1500万台が生産され、ほとんど変更点はなかった。ボディ色
は後期までブラック一色と頑固だった。
ちなみにT型の生産数を上回ったのはVWビートルだけである。

T型のエンジンは水冷直列4気筒3ベアリング、サイドバルブ式。ボア×ストローク95.2㎜×101㎜で、排気量2896cc。出力20馬力/1500rpm、最大トルクは11.3kgm/1000rpm。低速トルク重視で実用性を第一に考えていた。また当時は2気筒ずつ構成したブロック・ヘッド一体構造が主流だったが、このエンジンは4気筒一体ブロック、シリンダーヘッド別体式で、剛性が高く、生産面でも整備面でも有利だった。
最高速は60km/hていど。モデル末期には他のモデルは100Km/h以上となったが、発売当時はアメリカの道路事情は舗装路は少なかったのでじゅうぶん高性能といえた。
エンジン

フライホイールには点火マグネットが一体化されていた。トランスミッションは革新的で、遊星ギヤ式だった。遊星ギヤにブレーキをかけることでローギヤとハイギや(直結)を切り替える方式で、その直後に多板クラッチがレイアウトされている。
操作は最初期型は2ペダル、2レバーで行った。2つのペダルはロー&クラッチとリバース、その後は、3ペダル1レバーの組み合わせに改良し、以後最後までこれを採用した。スロットルはレバーで操作する。またハンドブレーキを引いた状態ではクラッチは切断された状態になる。したがって発進はハンドブレーキを戻し、ローペダルを半分踏むとクラッチは切断さたままで、一杯に踏むとクラッチが接続してローギヤでクルマが動き出す。加速したらペダルから足を離すとハイギヤに切り替わるというものだ。つまり、ギヤチェンジで微妙なクラッチ操作が不要で、変速もダブルクラッチが不要だったのだから、当時はノンシンクロの普通の選択習動式変速機よりはるかにイージーだった。そういう意味でもT型は革新的だったのである。

シャシーはハシゴ式で、FR駆動方式。この時代の常識で、エンジンは前車軸より後方、すなわちフロントミッドシップ配置である。サスペンションは前後とも横置きリーフスプリングを使用したリジッドアクスルを採用。ダンパーは装備されない。
ブレーキは変速機後部にドラムを配置したセンターブレーキ式(後輪に作動する)、パーキングブレーキは後輪のドラム式だった。

T型フォードは1925年から、アジア初の工場として横浜のノックダウン工場((現在はマツダの横浜研究所)でも製造された。年間1万台の規模で、日本はフォードのT型乗用車(タクシー用)とT型トラックが席巻しようとしていた。しかし戦争が始まると、日本は1940年に国内自動車産業保護を明確にした「自動車製造事業法」を制定し、国内資本が50%以上の企業でなければ自動車生産を認めないことになり、フォードやその後大阪に工場進出していたGMは撤退している。

T型フォードは、1910年頃から1925年頃まで全米だけではなく世界を席巻した自動車であり、単に技術的に突出していただけでなく、量産が進むと価格が下がるという画期的な存在であった。
現在のクルマはいくら大ヒットしても価格は下がらない。
T型フォードはヘンリー・フォードという人の人格が表現されたクルマだったといえるかもしれない。
また、VWビートルと同様にフォードT型は自動車の歴史の中で突出した存在であることは間違いない。

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