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ZF社の横置きエンジン用9速AT

ZF_9HP-Schnittbild.jpg


*9速ATの発表にいたる経緯

 昨年からデビュー間近とアナウンスされていたZF社の世界初となる9速ATがついにベールを脱いだ。
 ZF社は、6月7日に開催されたVDI(ドイツ技術者協会)が開催する自動車用トランスミッションに関する国際会議「Transmissions in Vehicles 2011」で9HPの概要を公開した。
 世界初の乗用車用9速ATは「9HP」と呼ばれるが、すでに昨年の時点で、ZF社から今年デビューすることが予告されていた。
 そして今年5月の自動車技術会・人とクルマのテクノロジー展で、その開発コンセプトメイキングに関する講演と実物展示が行われることになっていたが、東北大震災と福島原子発電所事故のため、テクノロジー展では講演のみが行われ、9HPの実物の日本への配送は中止されてしまったのだ。

*ZF社によりyokookiyou ATとDCTの比較

 世界初の乗用車用9速AT、それも横置きエンジンを前提とした小型FF車向けのトランスミッションはどのような経緯により決定されたのか。
 ZF社は、従来から乗用車用としてはマニュアルトランスミッション、AT、デュアルクラッチトランスミッション(DCT)を開発、製造しているが、いずれも縦置きの大排気量エンジン向けであった。
図1
 しかし、ZFの2015年までのトランスミッションに関する世界市場予測では、フロント横置きエンジン用AT(すなわち小型FF車向け)が着実に上昇基調にあり、このマーケットをターゲットにする必要があることが確認された。
 また、フロント横置きエンジン用のトランスミッションは、従来よりはるかに量産体制を整える必要があることはいうまでもない。
 クルマとしては、B、Cセグメントがターゲットで、エンジン性能は最大トルク280Nm、最高回転数7000回転を想定している。
図2
 このマーケットを狙うにあたりZF社は、遊星ギヤを使用したステップATとDCTのいずれが有利かを比較検討している。結果的にはステップATを選択することになったが、その場合の構想は、HP(トルコンを使用した遊星ギヤシステム)、P(遊星ギヤシステム)の2種類を検討した。Pはトルコンではなく湿式多板クラッチを発進装置として使用する。なおHPは、すでに発売している大型FR用の8速AT(8HP)の技術を採用し、全域ロックアップを行うため2重のねじれダンパーを、Pでは発進時の振動を吸収するデュアルマス・フライホイールを使用する。いずれも超ワイドな変速比幅をターゲットにしていた。

*8速ATか9速ATか

図3
 次に遊星ギヤ式のステップATでのギヤ段数とギヤセット配置、変速装置の配置の関係を
コンセプトスタディとして検討している。マトリックスの水色は合理的な選択、茶色は不合理な選択、オレンジ色は過剰に複雑な選択と類別された。市場には横置きエンジン用としては6速は存在するが、より広い変速比幅、エンジン回転数の低減を追及し、市場での優位性を得るためにZFは7速以上のギヤ段数を追求する。
 しかし6速以上のギヤ段数にするとシステムは複雑化する、7速と8速はシステム的に同等、8速に1個の変速装置を追加するだけで9速化が可能であることがわかった。
 もちろん、9速化が実現すれば超ワイドな変速比幅、超クロスレシオ、そして世界初の乗用車用9速ATを実現できることになる。
図4
 横置きエンジン用8速ATの機構レイアウトの検討で、従来の縦置き用の8HPのギヤセットの配置を変更し、2速、3速ギヤセットは放射状とするといったことに加え、同じスペースで9速化が可能であることがわかった。
 いいかえれば、左右方向の寸法の制約が厳しい横置きエンジン用のトランスミッションで9速化できることが確認されたのだ。

*DCTの特徴

図5
 一方でデュアルクラッチ・トランスミッション(DCT)との比較も行われている。
 DCTの特徴はコンパクトなギヤセット配置ができることがメリットで、7速ギヤセットと4個のシンクロナイザーで成立する。変速抵抗損失が少なく、コンパクト、軽量であることもDCTのメリットだ。しかし、7速以上は機構的に極めて困難であることも事実だ。
 またDCTでは変速クラッチのモジュールは、完全ウェット多板クラッチ式(N-DKG)、ウエットクラッチ式(F-DKG)、乾式クラッチ式(T-DKG)といったバリエーションが存在するのも特徴だ。

*ATとDCTのコスト比較

図6
 次に製造コストの比較となる。いずれも同一仮定での比較で、ドイツでの新工場、新製造ラインを投資すること、年間約20万基の生産を見込む、開発費も含むという比較表であり、左から8速トルコンAT、8速多板クラッチAT、乾式クラッチ式DCT、ウエットクラッチ式DCT、ウエット多板クラッチ式DCTで、DCTがいずれもコストが高い。その理由は、ATの方がプレス部品や鋳造部品が多いことが上げられる。
 したがって、9速ATであってもDCTよりコストを低減できることになる。

*燃費と動力性能の比較

 9速ATを実現するにあたっては、すでに8速ATで実現しているギヤ、ベアリング、トルコンの最適化によるパワー損失の低減、変速抵抗はクラッチ、ブレーキ、シンクロ、ベアリングシールの改良により低減、作動は油圧・電動システムによるとしている。
図7

図8
 また燃費低減と動力性能の比較もシミュレーションしている。もちろんこの場合はギヤ比、発進システムの考慮、発進ダンパー、車両の慣性重量を同等化したものだ。発進動力性能ではトルク増大するトルコンを持つATが有利であり、燃費ではよりシンプルなDCTが有利だが、ATでも8速化でDCTと同等の燃費レベルに近づき、9速化することで乾式クラッチ式DCTとほとんど同等になることが分かる。

*結論

 ステップATとDCTの技術評価の結論としては、AT、DCTのいずれも横置きエンジン用として適合する。搭載性、コストでATがやや有利。燃費に関しては乾式DCTがやや有利。しかし、発進トルクではトルコンを持つATが有利。
 以上の総合的な評価により、遊星ギヤ式ステップATがよりよい選択と結論付けられている。このようなコンセプトスタディ、事前評価を経て、世界初の小型FF車用9速ATの開発が決定された。
 
*9HPの変速比幅は9.48
 
 今回、正式に公表された9HPは2種類がラインアップされ、最大許容トルクは280Nm~480Nmまでカバーできるようになっている。つまりBセグメントからCセグメントのディーゼルターボまで対応できるようになってのだ。
 また基本設計は、これまでのFR用8HPと同様に完全にモジュール化され、基本ブロックにアダプターを結合することで通常のFF以外に、トルコンレスの多板クラッチ式スタートシステム、4WD、ハイブリッドシステムに対応できる。
 またスタートストップシステムも組み込むことができる。
 なお、標準のトルクコンバーターは発進専用のデバイスで、発進後は全域ロックアップを行い、そのために多段トーショナルダンパーを備えている。ZF社は、アメリカ、アジア市場ではトルコン式のスムーズな発進装置が不可欠としている。
 9速ATの性能では、変速比幅は9.84ときわめてワイドレシオで、各ギヤ段はクロスレシオ化されている。当然ながらハイギヤードされているため、現存する6速ATとの比較で、燃費は16%向上する。また巡航でのエンジン回転数では、120km/hで6速ATは2600回転であると仮定すると、9HPでは1900回転に下げることができる。
 
 9HPの構造は、4個の遊星ギヤセット、6個の変速装置を採用。遊星ギヤの配列は直列式ではなく一部にラジアル配列を採用した。
 またクラッチは多板式ではなく油圧制御のかみ合い式クラッチを採用し、低抵抗、高効率化をはかっているのも大きな特徴だ。通常の多板クラッチ+ブレーキ方式より摩擦、引き摺り抵抗が大幅に低減されているわけだ。
 変速時間は、全域ロックアップと変速装置の改良により、DCTに勝るとも劣らない、ドライバーには検知できないレベルに短縮されている。
 9HPのもうひとつの大きな特徴は、飛ばしシフトができることだ。したがって9速→6速といった変速が可能で、燃費と意のままのスポーティな動力性能を両立させているといえる。9HPを制御するのはATSYSとASISというふたつのTCUで、ATSYSはクラッチの制御や学習、フェールセーフを受け持ち、ASISは走行状況やドライバーの意図、エコモードやスポーツモードなどに最適な変速の制御を担当している。
 なおコントロールユニット(TCU)は内蔵式メカトロモジュールとされ、、ZF社内製としている。TCUのパフォーマンスにはじゅうぶんな余裕があり、将来的は約30%の演算能力アップも可能として、自動車メーカーの要求に適合できるようにしている。
 
 9HPの拡張性として、トランスファーケースを追加することで4WDに対応し、4WDシステムとしてはZF社は燃費に優れたオンデマンド式4WD(AWD Disconnect)も提案している。
 スタートアンドストップのシステムは、8HPと同様に電動ポンプを装備せずコイルスプリングにより油圧を発生させるメカニカルな装置を備え、加速スタンバイの速度も電動ポンプ式を上回る。
 さらにパラレル式ハイブリッドシステムにも適合し、トルコンのスペースを電気モーターに簡単に置き換えることができるようになっている。
 
 9HPはまずアメリカの新工場で生産が立ちがる計画になっており、最初に9HPを搭載するのはアメリカ車と予想される。つぎのセールスターゲットはアジアの自動車メーカーになるだろう。ヨーロッパではB、Cセグメントは依然としてMTが主流で、それ以外にDCT、ANTといったバリエーションが存在するので、9HPは次世代のCセグメントカーに照準を合わせるものと予想される。

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