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トヨタ・ハイメカツインカム

 日本の自動車メーカーで、エンジンのDOHC化に早期に着手したのは、トヨタだった。トヨタ初の本格的なスポーツカー、2000GT(1967年)では、量産とはいえなかったが3M型、6気筒2.0LのDOHC・12バルブ・エンジンを世に送り出した。ただし、ホンダはさらに早く1963年にT360、S500という小排気量の4気筒DOHC8バルブエンジンを搭載したモデルを発売している。これはオートバイメーカーから自動車メーカーに規模を拡大しようとしたホンダのチャレンジ・エンジンであったが、ニードルローラーベアリングの採用やオートバイ譲りのキャブレターなど、多分にオートバイ的な性格であり、生産数も多くなかった。
 また1.6L・4気筒のDOHCエンジンはいすずべレットGTtype R(1969年)が、さらに同じ69年に日産スカイラインGT-Rが国産初の6気筒2.0L・DOHC24バルブのS20型エンジンが搭載された。S20型はレーシングカー、R380用のエンジンを市販化したものだ。
 これらのDOHCエンジンは、実際にはごく少量生産のハンドビルドであり、本格的な量産エンジンとはいえなかった。
 その後、トヨタは1970年に1.6L・4気筒エンジンをDOHC8バルブとした2T-G型をセリカ/カリーナに搭載して発売。この2T-G型が日本における事実上の量産DOHCエンジンとなる。
 それまでのDOHCエンジンの位置付けは、高性能かつ高級なGTモデルやレース用のホモロゲーション・エンジンとされ、きわめて高価であった。
 これに対して2T-G型はそれまでよりはるかに普通の価格で実現された。したがってマニア層の間では高級・精緻なDOHCエンジンのイメージを突き崩したかのような感想も少なくなかった。
 しかし2T-G型エンジンの意義は大きかった。
 戦後のトヨタのエンジンは、クラウン、コロナに代表されるように一貫してタクシー用のエンジン作りをイメージしており、そのため1957年~60年にの対米輸出に挑戦したクラウンは出力不足が深刻で、信頼性が高いという国内での定評とは大きく異なる評価とな理、輸出も挫折した経験を持つ。
 こうした背景を考えると、2T-G型はトヨタのエンジンのイメージを大きく変える存在といえたが、排ガス規制の登場により、ソレックス・キャブレターを装備したDOHCエンジンは排ガス規制の時代を生き抜くことはできなかった。
 
 53年規制といわれる排ガス規制をパスするために、日本の自動車メーカーは新型エンジンの開発どころか、旧型エンジンのラインアップを縮小し、対策技術の開発に追われた。
 各メーカーごとに曲折はあったものの、この過程で燃焼解析の技術が大きく進展した。
また対策初期には低速燃焼が追求されたが、最終的には燃焼速度の向上、急速燃焼が追求されるようになり、これはトルクや燃費の向上にも効果があることが明確になった。
 しかし現実には、53年規制と呼ばれる排気対策エンジンは低出力、低レスポンスのエンジンばかりであった。
 これに対して、トヨタはユーザーにより満足度の高い、軽量、高出力、ハイレスポンスのエンジン開発を急ぐことになった。これがレーザーエンジン・シリーズである。
 小型軽量、高性能、低燃費、低騒音、優れた応答性、メンテナンスフリーを設計の柱とし、従来の信頼性一本槍のエンジン開発から脱却し、3A型、1G型、1S型エンジンなどいわば車種専用エンジンの開発を行った。これはタクシー用エンジン作りからの脱却と社内では位置づけられたという。また片目ではスポーツイメージが強かったホンダのエンジンの存在が意識されたともいう。
 新エンジンはボアピッチを縮めて小型で軽量のシリンダブロックにし、運動部分は特に新設計として、さらに追随性の優れたキャブレターを採用している。
 1S型エンジンがデビューした時点で「LASRE」(Light-weight Advanced Super Response Engineの略)と命名された。
 ちなみにレーザーエンジンは、メンテナンスフリー化も目標の一つで、プラチナ電極プラグが標準装備化されている。
 また1G型は世界一の軽量コンパクトな直列6気筒エンジンとして、突出した存在となった。このようなエンジン革新の過程で、より高出力をアピールしたGTカー、ソアラ用のエンジンとして5M-G型6気筒エンジンでDOHC化が行われた。1981年に発売されたソアラは、排気対策エンジンのイメージを一新する高性能なスポーティカーとして成功した。
 この5M-G型は、上級の直列6気筒という位置付けとされ、ベルトドライブ、油圧ラッシュアジャスター付きのDOHC・12バルブとされた。画期的な大出力を意識したエンジンである。
 しかしソアラと相前後して日産からは直列6気筒エンジンにターボを装備した高出力エンジンが登場するにおよび、トヨタはターボよりDOHC・4バルブによってレスポンスと高出力を両立させる方向に舵を切った。
 もっと高出力で、ハイレスポンスで、燃費とも両立できるエンジンエンジンとしてDOHC4バルブが検討されたが、社内では4バルブは、部品の数が増えてコストが上がり、2倍のバルブ調整をすることになり、市場へ出てもメンテナンスが不安だという声が多かったという。
 しかし当時のエンジン設計部は、市場調査の結果、バルブシートはいわれるほど磨耗しておらず、バルブシートの耐摩耗性を高めればバルブ調整は不要になると確信した。また工場での組立工数の増加に対しては自動組立化を行えば問題は解消できると考えた。部品点数は、DOHC4バルブ化ではロッカーアームの廃止などを行えること、動弁系の部品が小型化できることなどを考慮すると、大きなコストアップにはならないと考えた。
 こうした狙いの下で、4バルブ化された1G-G型6気筒、4A-G型、3S-GE型4気筒エンジンが実現した。

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 これらのDOHC4バルブエンジンは、高性能スポーツエンジンとされ、シリーズ名はレーザーαとされている。もちろん、DOHC4バルブというメカニズムを備えた量産エンジンであり、いわゆるレース用の高出力・高回転タイプの4バルブ・エンジンとは狙いが異なっている。量産化の前提には、4バルブのシリンダーヘッドの自動組み立てが実現していた。シリンダーヘッドの自動組立は、気温管理された専用スペースで、目標バルブクリアランスになるように自動計測をフィードバックさせたタペットシム選択が行われるというもので、それほど大掛かりな生産設備ではなかったが、この時点で世界のどの自動車メーカーも実現できていなかった。
 また、シムとバルブシートの硬度(耐摩耗性)を比例させることで、30万km以上走行してもバルブクリアランスの再調整は不要という、従来のDOHCエンジンの常識を覆している。
 4バルブ化にあたっては、社内では信頼性の不安と同時にコストアップの懸念が大きく、当時の豊田英二社長も最初は否認したが、プロジェクトを推進する金原淑郎取締役の性能向上代とコストの見積もりの再提案を見て了解したという。
 結果的には、4A-G、3S-G、1G-G型エンジンの市場評価は高く、特に1G-G型が、世界一軽量コンパクトで、しかも高性能エンジンとして再度、世界に大きなインパクトを与えた。日産でも1G-G型エンジンの登場により、DOHC4バルブの量産化実現の必要に迫られた。
 
 しかし4バルブ化のトヨタ・インパクトは、このレーザーαエンジンよりさらに後のエンジンでより大きなものとなる。
 レーザーαエンジン・シリーズは、DOHC4機構によりバルブ排ガスや燃費の向上と、パワー、ハイレスポンスの両立などを狙ったスポーティ・エンジンを狙っていたが、この技術をベースエンジン、つまり実用エンジンに採用し、低中速でのフラットトルクの確保、燃費、排ガスの性能向上を目指すという画期的なコンセプトがエンジン設計の小西正巳部長を中心として提案された。
 このコンセプトは、DOHC4バルブという技術を大量生産し、一般ドライバーの使用にも耐える信頼性があり、コスト面でもネックにならないことを前提に、カタログ馬力を重視する悪習から離れ、実用トルクを重視したエンジンを狙った。

4A-FE.jpg

シザースmech

3S-FEhead.jpg

 その背景には、長年の排ガス研究の過程で、エンジンの燃焼速度を高めることでトルクも、燃費も排ガス性能も向上するという核心が明確になり、そのためには、点火プラグの燃焼室中央配置、コンパクト・ペントルーフ形燃焼室、フラットな形状のピストン冠面が理想的であり、これはDOHC4バルブ化によって実現できると考えた。
 コンパクトなペントルーフ形燃焼室は、SV比(燃焼室表面積比)を高める、つまり冷却損失を少なくすることができき出力にも燃費にもメリットがある。
 またDOHC4バルブは、動弁部が軽量・シンプルで剛性が高いというメリットもあった。
 コンパクト・ペントルーフ型の燃焼室にするためには、吸排気のバルブ挟み角を小さくする必要がある。
 一方、過去のDOHCエンジンは、吸排気のバルブ面積を最大とするためにバルブ挟み角を大きくすることが常識とされており、レーザーαエンジンでは、4A-G型が50度とやはり大き目の挟み角である。この挟み角の大きさが高出力を狙った設計であることがわかる。
 これに対して、新コンセプトでは22度ていどの角度にすることが想定された。当然ながらバルブ/ポート面積は制限を受けるが、むしろ低中速を重視すれば、吸気バルブ、吸気ポートが狭い方が実用域や低負荷での吸気流速を高めることができる。
 もうひとつ、狭いバルブ挟み角では吸排気のカムシャフトのプーリーが干渉するという問題が発生する。これを解決するために多くの方式が検討されたが、最終的には吸気側プーリーをベルトで駆動し、排気側カムは吸気側ギヤで駆動する、いわゆるシザースギヤ方式が採用された。バルブ駆動はカムシャフトによる直動式で、バルブクリアランス調整はレーザーαシリーズ同様にアウターシム式としている。
 軽量・コンパクトで、しかも高出力ではなく実用域の性能を重視したDOHC4バルブという画期的なコンセプトのエンジンは、ハイメカツインカムという名称が付けられた。
 その第1弾は3S-FE型(1986年)で、その後はV6の1VZ-FE型、5A-FE型と続いた。
 
 ハイメカツインカムの要点
 ・コンパクト・ペントルーフ型燃焼室の実現(吸排気バルブ挟み角をできる限り縮小。  コスワースのレーシングエンジンはこの燃焼室であったが、直4、V8ともにビッグボ  ア、ショートストロークのため、バルブ挟み角が狭くてもバルブ面積は大きくできた。  これに対してハイメカツインカムは、バルブ面積は狭くなるが、実用域ではむしろ吸  気流速の向上につながる)
 ・中低速トルクを向上させるために、ロング吸気管、スワール流を併用。
 ・点火プラグの燃焼室中央配置。点火プラグは10万km無交換。
 ・カムシャフト駆動はベルト+シザースギヤ。
 ・バルブ駆動はシンプルな直動式。バルブ隙間調整はアウターシム式。直動式はロッ   カーアーム式より剛性が高い。
 ・バケット頭部のシムとバルブシートの硬度を高めるとともに磨耗量を同等とし、30万  km以上の耐久性。
 ・以上のような構成で、低負荷、低回転時の燃焼速度を向上を重視。
 
 自動車雑誌やマニア層は、この画期的なコンセプトの意味は理解されず、低出力のDOHCエンジンと考えられた。つまりレーザーαエンジンと同様のメカを持つものの存在価値の低いエンジンと考えられたようだ。しかし、技術的な信念に基づき、思い切った舵取りができたことは評価に値する。
 そして、こDOHC4バルブというスポーツカーエンジンのメカを採用しながら実用エンジンで低中速トルクの向上や燃費、排ガスに性能を指向するという発想は、他の自動車メーカーには大きな衝撃を与えた。
 エンジンメーカーを自認するBMWですらSOHCが全盛で、DOHC4バルブはハイエンドのモータースポーツエンジンと位置づけられていた。
 ただし、トヨタ以外の自動車メーカーは、DOHC4バルブの量産化を実現できたのは90年代に入ってからであった。それは、製造面での課題、DOHC4バルブのシリンダーヘッドの自動組付けを実現できるまで時間を要したといえる。
 またバルブクリアランスの組み付け時の自動選別組立工程ができないメーカーは、しばらくの間、コストの高い油圧ラッシュアジャスター(HLA)を使用せざるを得なかった。コスト以外にHLAは油圧室に空気が混入するとクリアランスが不正になり異音が出る、バルブ系の重量が増大し、高回転側は7000回転が上限になるなど、直動式として使用するにはデメリットが大きい。
 結果的にはトヨタのハイメカツインカムが、全世界の自動車メーカーのエンジンをDOHC4バルブ化させる引き金になったのだから、その歴史的な意義は大きい。
 コンセプトを確立し、追及したことも大いに評価できる。ただ実際のフィーリングはがさつ感があったことも事実である。
 また、当時のトヨタはシリンダーブロックのアルミ化には腰が引け、オールアルミ化では出遅れたのも興味深い。90年台頃まではアルミ化には否定的だったが、90年代後半からアルミ化を行った。
 ただし、近年のトヨタはエンジンの摩擦抵抗の低減、つまり燃費を狙って、直動式からローラーロッカーアーム式に変更し、一部エンジンではHLAが復活しているのは興味深い。
 
 
 
 
 
  
 
 

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