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ああ、自動車評論家&ジャーナリスト

 もともと評論家やジャーナリストと言う職業には、明確な資格や基準はない。ただ、一般的に評論家はその分野の専門家であり研究者であることが多く、ジャーナリストは欧米では業績、実績のある文筆業であることを前提に、ジャナリストとして認定されることが多く、そのためにほとんどは放送や新聞、雑誌などのメディアに在籍し教育された経歴を持っている。
 しかしそういう点で日本はあいまいで、どの分野の評論家、ジャーナリストも自称するだけでじゅうぶんにこと足りる。
 ということは自動車関係の評論家、ジャーナリストも然り、である。
 もともと自動車に関しては業界情報を別にすれば、それ以外はマニアック、趣味的なジャンルだし、メディアとしては自動車雑誌しかない環境のため、評論家やジャーナリストという概念は、他の分野のそれよりよりいっそうあいまいといえる。
 その一方で、自動車産業という大きな産業全体の動向を専門的に分析するようなアナリストはきわめて少ないのが実情だ。
 
 評論家は通常は研究家であり、ジャーナリストはメディアで基本要素を習得した執筆者であるが、自動車の分野に限っては自動車マニアに過ぎないことが多い。
 また自動車関係の評論家、ジャーナリストの主な仕事は新型車の試乗記を自動車雑誌やWEBのために書くことであるように見える。しかし、現在ではこれは何か違う気がする。
 試乗記には歴史的な経緯があり、例えば第2次世界大戦後の戦後と呼ばれる時代は、自動車など一般の市民から身近な存在ではなく、夢のまた夢であり、どんなに自動車が好きでも乗ることは不可能だた。ましてこの時代は国産車は少数で、最新のクルマはほとんどが輸入車だった。こんな時代であったから、研究者は輸入車に関する知識は外国の自動車雑誌から得ており、日本に上陸した希少な輸入車に乗って評論、記述できるのは恵まれた環境にあるクルマ好きの人物しか不可能だった。
 当時の乗って書く代表格が小林彰太郎氏や杉江博愛氏である。また海外の自動車に関する研究家では、高岸清氏、五十嵐平達氏らがいた。それ以外に自動車技術を研究していたのは大学の研究者、自動車メーカーの技術者である。
 この当時の試乗記は、自動車好きの庶民にとっては夢物語であった。
 1960~70年代に入ると国産車が次々に登場し、マイカーブームの兆しが見え始めるようになった。そのため一般市民は、自分ではまだマイカーは購入できないものの、少し身近になってきたクルマを評論家の試乗記で擬似試乗体験する思いであり、相当に感情移入して読んでいたはずである。
 もちろんこの時代になると次々に自動車評論家も登場するようになった。しかしその評論家は要するにクルマのマニアの寄稿家であり、当時の人では経験のできない各種のクルマを運転した体験を持つ人だったのだ。
 
 こういう事情があるので、評論家の試乗記はそのクルマの技術的な評価やクルマそのものの総合的な評価というより印象記であり、そのクルマの走る様子を説明するという内容だった。もちろん自動車雑誌の読者もそれを望んでいたのだ。
 しかし時代は流れて、現在のように驚くべき種類のクルマが販売されるようになっても、自動車雑誌の試乗記は1960~70年代の内容とほとんど変化がない(その一方で現代の通例として1台のクルマに対応するテキスト量は大幅に減少しているのが現実である)。
 これは評論と言えるのか?
 国産自動車メーカーが次々に新型車を発売し、ラインアップが増大してくると、かつては雑誌や新聞社は新型車を借り出して試乗していたが、やがて自動車メーカー主催の新型車試乗会が開催されるようになり、また新型車に関する技術情報もメーカー側から提供されるという新しい形が定着した。それまでは新型車に関するさまざまな情報は雑誌ごと、評論家ごとに個別に取材する必要があったが、これ以後は労せずしてメーカー側から情報が提供されるようになり、したがって書く側はその受け売りになる。
 また試乗会形式は、新型車を借り出す手間が省けるようになったが、その一方で走行場所や走行時間が限定された。1980年代以降は静岡県・箱根、神奈川県・大磯といった地点で試乗会が開催されることが多くなり、試乗時間も40~50分間に限られた。自動車雑誌、スポーツ新聞といったメディアの数が多くなり、試乗を希望する評論家やジャーナリストの数が増大したのがその原因だろう。
 試乗会では、会場でOHPを使用した新型車のプレゼンテーションが行われた後に、試乗、エンジニアとの懇談を行うといったパターンが一般化している。会場では手際よく新型車を実感できるようにシステム化されたといえるが、やっぱり一夜漬けでしかないと思う。
 
 その一方でマイカー元年の時代とは異なり、現在の一般的な自動車マニアは何台もマイカーを所有した経験を持ち、その日常的な運転経験の積み重ねから大なり小なり見識を備えるようになっているので、1979年代スタイルの、しかも一夜漬け的な刷り込み情報をもとにした試乗記はほとんど興味を引く内容にはなりえないのである。
 いうまでもなく現在のようにクルマは特別な存在ではなく、多数の種類が市場にあふれている状態では、試乗記という感想や説明ではその車の存在意義を語ることは難しい。そこには明確で、客観性のある価値観が改めて問われなければならないと思う。
 そのクルマは何者であるか、なぜ生まれ来たか、そのクルマはどうあるべきか、などといった評論家やジャーナリストなりの評論の価値観、つまり世界観が必要なのだ。
 しかし、マニア派生の人たちには、そうした客観性のある評論は難しい。クルマに関する情報はメーカー側から一方通行的に流され、それを受け止めるのが精一杯といった状態になっているのだ。一方通行の情報の聞き書きの一方で自動車ジャーナリスト団体が勉強会と称して自動車関連メーカーに基礎知識を教えを請うといった珍妙な風景も見ることができる。
 このような現状のため評論の立脚点や評価がぶれたり、マニアとしての思い込みや好き嫌いによって視点や評価が左右されている。また、プレミアムブランドのドイツ車などは特に根拠を持たない絶対賛美主義を生み出している。
 確かに、ポルシェやメルセデスの個々の欠点を指摘するには、客観性だけでなく相当の識別眼が必要なのだが。
 また、もともと試乗記からスタートしていることもあって、走り(特に操縦性)だけが重視され、ステアリングの正確さや安定性、乗り心地などは見逃されやすく、そのクルマの静的評価もほとんど行われないという偏った内容になりがちである。
 また、第3世代の、つまり1990年以降に登場した自動車評論家は資質的にも相当にプアな傾向にある。自動車雑誌のアルバイト(それもデスクワークではなく試乗車の運搬など)出身、クルマ関連の企画運営会社のアルバイト出身、はてはモデル出身やレース出身で口述筆記が必要・・・などなど特に鍛錬期間もなしに評論家やジャーナリストに転身できてしまうのだ。
 その一方でアルバイト出身で今売れっ子の39歳の某氏がいまだに若手の旗頭であり、その後の世代との断絶もはなはだしいのが実情で老齢化が進んでいる。また、カーオブザイヤーの選考委員ともなれば、自動車メーカーのエンジニアに先生と呼ばれるようになり、一段と自己錯覚を生じさせている。もっともカーオブザイヤーの選考委員の70%はクルマにはあまり縁がない人ではあるのだが。
 近年は自動車の販売以上に、自動車雑誌の売れ行き不振が進んでいる。もちろんその背景にはWEBの時代を迎え、PtoPの情報が重視されるようになっていることも上げられるが、1970年スタイルの雑誌メディアの存在が問われていることは間違いない。

コメント

非公開コメント

Re: ですよね

コメントありがとうございます。
自動車評論家というのは、ジャーナリストとしての基本を身に付けていない、あるいは客観的に見る目がない、
といった特徴が顕著ですね。要するに趣味、たんなるクルマ好きで、これは一般のクルマ好きの方と違いがないと思います。また、独自の情報源を持たないために、自動車メーカーから流れてくる情報をそのまま咀嚼しないで流す。といったことが目立ちますので、結果的にPR係になってしまいます。

少し前の話ですが、プリウスのブレーキ・リコール事件後に、トヨタのエンジニアを講師に呼んで勉強会を開いたそうで(笑)当然、突っ込みも何もなかったそうです。要するに事件の核心が理解できていなかったので勉強をしたかったようですが。情けないのきわみです。

Re:: クオリティ比較

コメントありがとうございます。
ま、評論家というのは99%が趣味で・・・というのが存在理由で世の中のに向けて何かするという気持ちはあまりないのでは、というところだと思っています。

ですよね

自動車評論家て感想文、価格やバイヤーズガイド書く人なのでしょう。 書いてある文章がメーカーのよいしょだし、また、たまに新車が世に出てしばらくして批判したり茶をにごしたような文章書いてあるだけですもんね。 とにかく他国にかなり遅れてるのに、CVTなんて変速機がでてからは国交省の変な燃費やら排気規制をくぐり抜けやすいから普及してるのに危機感ないし。燃費いいとか実際は特定の条件と変な乗り方でだけなのに。マニュアルは楽しいとか自己満足書いたり。 メーカーが投資しちゃって使わざる得なくても効率悪いから辞めろと言う人がいないのが不思議。おかげでエンジンの進化は止まってるのに。 ハイブリッド機構を手放しで褒めたりまた批判するのは足回りとか車体の方だけ…モーター、バッテリーのリサイクル、作る時のCO2排出量なんて書いてあるの見たことないし、安全性についてもメーカーに対して影響力無し! 政治評論家と自動車評論家は何いっても変わらないから似てるなぁ ようは三流がはびこりすぎ…ですね素人目から見ても

Re: クオリティ比較

コメントありがとうございます。
ま、表rんかというのは99%が趣味で・・・というのが存在理由で世の中のに向けて何かするという気持ちはあまりないのでは、というところだと思っています。

クオリティ比較

 同じ価格か同じクオリティで物事を比較するのが正しい比較基準と言うごく常識的なことも出来ない白痴、知恵後れの集団、それが自動車評論家www
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