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ボディの話

 クルマのボディ、フレームの構造には長い歴史がある。クルマはもともと馬車の構造やキャビン形式からスタートしているのはよく知られている。
 現在のクルマのキャビン形式を表す、リムジン、カブリオレ、クーペ、ワゴン、スパイダー、ランドゥなどといった呼び名は実はすべて馬車の時代に馬車のキャビン形式を呼ぶ名称として使用されていたのだ。
 そして、歴史上の初期のクルマは、木造のフレームに、同じく木造のキャビンを載せた形になっていた。しかしその後、フレームはスチールになり、キャビンはやがて木造から木骨鉄板張りに変化する。これは乗用車もトラックも共通であった。
 もちろん、いつの時代にも先駆者はいるもので、ランチア・ラムダはなんと1922年代にスチール・モノコック構造を採用しているが、これは例外的な存在だった。
 主流はスチールのハシゴ形フレームに木骨鉄板張りボディという組み合わせだったが、やがてハシゴ形のフレームではなく、前後に縦通するバックボーン(背骨)でクルマの荷重を支えるタイプも登場した。これはバックボーンフレーム式と呼ばれる。
 戦前のダイムラーベンツの中産階級向けの小型車、メルセデス170V(170は1931年発売でこの時はハシゴ形フレームだったが、36年にモデルチェンジしバックボーンフレームを採用した)は楕円断面の太い鋼管を使用したバックボーンフレームを採用している。もちろんバックボーンフレームは、前端にはエンジンやフロントサスを搭載し、後端でリヤサスペンションペンションを支持しているフローティングマウントとしている。この170Vは戦後再建されたメルセデスベンツの最初のモデルとなり、戦前の設計をそのまま採用していた。
 そして戦後に設計された後継モデル、180(1953年にデビュー)では、このバックボーンフレームにクロスメンバーやサイドメンバーを一体化させたプラットフォームフレームを初めて採用した。つまりフロア面全体がフレームになったわけである。戦前の先進的な設計であったVWタイプ1などは最初からプラットフォーム式で、これはVWが軽量さや量産性などを総合的に考慮したからである。
 このプラットフォームに、オールスチール製のボディ・キャビンをボルト結合することで、ボディ全体の強度、剛性が大幅に高められたのだ。エンジンやトランスミッションは共通でバックボーンフレーム+アッパーボディという構成の170Vより40kgほど軽量化できたといわれる。ちなみにオールスチール製が採用されたことでプレス機械による量産が容易になったことを意味するのだ。逆に言えば、それ以前の木骨スチールパネル張りのキャビン、ボディは、戦前の、いやそれよりはるか以前の馬車職人の技術伝統を受け継いだマイスター(技術職人)の腕に依存していたといえる。
 またこの180はエンジン、トランスミッションなどはフロントに新設されたサブフレームに搭載された。サブフレームの採用により、生産ラインで吊るされたボディに下側からエンジン、トランスミッションを搭載したサブフレームを組み付けることができるといった生産上のメリットと、エンジンやトランスミッションが発生する振動をボディに伝えにくくするという利点があった。
 このメルセデスベンツ180は、構造的にはプラットフォームフレームを持っているがセミモノコック構造といってもいいだろう。
 日本では1955年に発売されたクラウン1500が初めてプレス機で作られたオールスチール・ボディを採用しているが、今から見て剛性などは比較にならなかったはずだ。
ただ当時はひたすら強度を確保することが狙いとされ、剛性という捕らえ方はなかったのだ。
 現在のモノコック構造(ユニットコンストラクション)が取り入れられたのは1960年代で、ベンツはそれより早く59年の220b(W111/112)からモノコックを採用している。
 モノコック構造は、従来のボディ/フレームより軽量で、強度と剛性を両立でき、かつ量産性が優れているといったメリットがある。
 ところで、1960年代のクルマの性能を見ると、メルセデスの6気筒エンジン(150ps)を搭載した上級モデルに代表されるクルマは、アウトバーンを160km/hで快適に巡航できる性能であった。これに対して、当時の日本車は2.0Lの6気筒エンジンで100psを発生し、公称最高速度は150km/hていどとされていたが、実際のところは100km/h以上になると振動・騒音が激しく、直進安定性もとたんに頼りなくなったので、かなりの勇気が求められた。もちろんこの背景には、道路環境、交通法規の違いが性能差を生み出した事情もあるのだが。
 この差は、エンジンのでき具合やタイヤ、空力、サスペンションといった多くの要素がこの性能差には関連があるのだが、極論すれば、クルマの車体の剛性や剛性感のチューニングの違いという点で着目していいだろう。
 日本で、剛性が大きく注目された事件は、戦前の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の開発段階、十二試艦上戦闘機と呼ばれた時期に試験飛行で空中分解事故を起こした時であったと思う。
 細かく言えば、この開発期に補助翼のバランスウエイトの取り付け強度不足で飛行中に欠落して空中分解事故を発生し、その対策後にまたも空中分解事故が発生し、このため機体の剛性が徹底検証され、尾翼の剛性不足による振動現象により空中分解したとされ、剛性という概念が脚光を浴びた。
 しかし、クルマの世界は強度一点張りで、剛性という観点で注目されることは少なく、特に自動車雑誌や一般のユーザーレベルで多用されるにいたるのはずっと後のことである。
 その契機は、マツダ・ファミリア(1980年・FF初代)のPRあたりだと思われる。
 もうひとつ、1989年に登場したセルシオも、開発段階でボディ剛性という点がクローズアップされ、エポックを作ったといえる。通称「マルエフ」と呼ばれた開発時に、メルセデスのボディを計測したり、マルエフの計測を行いつつ剛性を高めた。いわばメルセデスを超えるという大きなテーマがあったため、かつてなほどの期間、規模で剛性のチューニングが行われたといわれる。
 またほぼ同時期の、ホンダNSX(89年)、三菱GTO(90年)などのスポーツカーも熱心に開発段階で剛性の向上をはかっている。この時期の広報資料にはなんとねじり剛性の数値データが掲載されていたほどである。NSXの開発時、2次試作車の段階で、A.セナにサーキットで評価をしてもらった時、セナが「このクルマのねじり剛性値は?」とエンジニアに質問したというエピソードが伝えられている。
 セナが剛性値を口にしたのは、F1グランプリの世界では、カーボン・モノコックシャシー&フレームの剛性値を検討するのが常識化していたのが理由なのだが。こうした経緯もあり、NSXをはじめスポーツカーはとりわけボディやサスペンション取り付け部の剛性を高めることが行われた。
 実はこの時期は、ホワイトボディのサスペンション取り付け点を台座に固定し、油圧シリンダーで荷重をかけ、ボディのひずみを計測する手法がメインであり、当然ながら純粋にホワイトボディで計測するか、ガラスを装着した状態で計測するか、など計測結果が異なるため、試行錯誤が行われているのだ。
 しかしながら、こうした努力を行っても「しっかり感」、「安定感」、「ハンドリング」などと相関が必ずしも取れたとはいえなかった。
 一方、剛性はボディの振動特性とも直接的に関連するため、音響感度特性を計測するなどという手法も一般化している。
 ホワイトボディの剛性を計測する、いわゆる静的剛性を重視した時代から、次は動的な剛性が着目される時代になった。90年代の後半に開発されるクルマは、台上試験でロードシュミレーターが使用され、完成車のサスペンション取り付け部に負荷を与えることで車体のどの部位がどのくらいひずむかを計測し、実車のテスト走行による評価と相関をとるという手法が行われるようになった。
 これはあるていど実走行での評価と台上計測の結果の相関があると認められている。
 しかし、90年代後半からは衝突安全性を高めたボディ開発が一挙にメインになり、ボディ作りは大きな変革期を迎える。
 どの自動車メーカーでも衝撃吸収性能と、衝突時に変形が少ない強固なキャビンを両立させるために、コンピューターシミュレーションの開発、実験が繰り返され多大な労力を要している。
 ただ、結果的にはこうした衝突安全性能の向上とともにクルマのボディの強度、剛性ともに従来より引き上げられる結果となっているのは間違いない。
 今では、こうした流れの中で、かつてのような静的なねじりや曲げ剛性などは計測しないというメーカーまで出てきた。
 そういう意味では、80年代から始まった剛性向上症候群は収束したのであるが、自動車雑誌やユーザーの間では現在でも「剛性」という言葉は多用されている。
 もちろんいうまでもなく、これは剛性の数値を意味するわけではなく、「剛性感」を語っているのだろうといわれている。もう少し具体的にいえば、「しっかり感」、「しっとり感」、「滑らかさ」、「リニア感」、「音響的な感覚」といった人間の五感に感じる感覚的な領域を剛性という言葉で表しているのではと想像できる。
 こうした点を個々に技術的に落とし込めば、スポット溶接とレザーによるシーム溶接、プレス板金溶接製サブフレームとアルミ鋳造製サブフレーム、サスペンションの取り付け剛性といった細かな要素の積み重ねになるのだろうが、要するにクルマ全体での乗り味、安心感や快適さにフォーカスを当てているのであろう。
 60年代のメルセデス220bが最初から剛性を意識し重視してクルマを開発していたとは思えないが、高速走行での快適性や安心感を何よりも重視し、経験の蓄積を投入していたことがドライバーにとってわかりやすいポイントであった。それは今から思えばボディ全体のダイナミック剛性や剛性感といった点で説明がつくかもしれない。
 しかし、剛性といった言葉を大上段に振りかざしてしまうと、案外迷路に迷い込んでしまうような気がするのだ。

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