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ブレーキについて

 どんなクルマにも当てはまるが、クルマのブレーキの役割とは、ただ単に速度を落として止まるということだけではない。
 クルマのブレーキには制動・減速するという性能以外にも使い心地、信頼感、安心感といった多様な要素が含まれ、これらのバランスが優れていることが要求されている。
 しかし現実には、100km/hからブレーキをかけて停止するといった条件で比較すると、ブレーキのかかり方、効き具合はクルマによって様々だ。
 低速走行時に軽い踏力でガツンと効くカックン・ブレーキのクルマは、100㎞/hからの強いブレーキでは最初はツーっと空走して減速Gが低く、速度が落ちてきて始めて減速Gが感じられるといった現象を感じるに違いない。これはドライバーにとっては、低速時と同様に高速でも強い減速Gが得られるという期待を裏切るブレーキである。また別のクルマではブレーキの踏力は一定でも減速する間に減速Gが変化することがあるかもしれない。こんなブレーキは扱いにくく、ドライバーの意とは相容れないというべきだろう。クルマのブレーキというものは低速でも高速でも等しくドライバーの期待通りの減速Gが得られなければならないのだ。
 ドライバーにとって、信頼、安心できるブレーキとは、強力に減速できることとドライバーの意志どおりに減速できるということに尽きるのであり、ブレーキペダルを踏む場面でのドライバーの意志や心理状態に応じたブレーキ性能が発揮される、つまりコントロール性が優れていなければならないということだ。
 それ以外に、高速からの急ブレーキでも振動が出にくいとか、サーキット走行やワインディングロードでのスポーツ走行のように反復してハードなブレーキを使用する場合は、フェードの発生が穏やかであること、フェードの回復性の早さなども重要なポイントになるだろう。
 一般的には、優れたブレーキは、よく効くのは当たり前として、それ以外に「リニアリティ」に優れているとか、「コントロール性」が優れているといった評価が行われる。
 しかし、実際にはリニアリティに優れるという場合は、必ずしも直線的な減速Gが持続するのではなく、その時のスピードに応じた、つまり高速であればあるほど強い減速Gが出るといった特性の方がドライバーにとってはリニアに感じる。この点は、高速からの強いブレーキにブレーキパッドの発生する摩擦係数が高い方がよいブレーキと評価されることからもわかる。優れたブレーキと称させるディスクローターとパッドの組み合わせでは、高速・ハードブレーキで高い摩擦係数を示し、低速重視のブレーキローターとパッドではきわめて摩擦係数が低く、強くブレーキを踏んでも効かないフィーリングとなり、空走感が強く感じられる。
 日本においてはブレーキの性能がごく狭い範囲でしか評価されてこなかったが、その背景にはやはり日常のスピードとの関係が深い。
 日本車のブレーキは長らく法定最高速度100km/h といった壁に囲まれてきたが、ドイツでは昔から速度無制限のアウトバーンでの使用を前提にブレーキが開発されてきた。
 こうした歴史的、社会制度がブレーキ性能に与えていることも見逃すことはできない。日本車は、かつてはせいぜい100km/hからのブレーキ評価に留まり、それどころか40㎞/h、50㎞/hといった市街地での常用域からのブレーキで、できるだけ軽い踏力で効くこと、振動や音が出ないこと、ホイールに汚れが付着しないこと、ディスクローターの摩耗が遅いことなどが重視されてきた。開発のコンセプトはストローク比例式・・・といった表現が使われた。この結果、滑りやすい路面で扱いにくく、高速からの強いブレーキでは減速感が弱く、結果的により強くブレーキを踏むためにフェードしやすいといった傾向が強かった。
 さすがにこうした傾向は1990年代から見直されるようになり、ヨーロッパで通用するブレーキを合言葉に、ディスクローターの材質、パッドの材質、キャリパーの剛性などが改善されてきているが、一部のクルマではまだ日本式ブレーキが残存している。
 ブレーキに関しては、やはり世界的に見てドイツ車が牽引してきたと考えて間違いない。
 それは、次のようなシーンで理解しやすい。
 アウトバーンで飛ばしていると遭遇するシーンであるが、200km/hで高速で走行するクルマの目前に80~100km/hのトラックや遅いクルマが追い越し車線に飛び出してくることがある。このような場面では、自車は200㎞/h から80km/hまで急減速する必要がある。強いブレーキ踏力に対してその時の減速G、ブレーキに対する安心感が問われるわけだから、ブレーキの熟成は必然的であったわけだ。この場合には、減速Gの発生タイミング(空走感の少なさ)、Gの大きさ、Gの持続、振動が生じたりしないか、といった多方面の評価が求められる。このような場合、実際にはペダルの剛性、ペダルのレバー比、ブースターの取り付け剛性、ブースターの応答性、ブレーキキャリパーの取り付け剛性、キャリパーの応答性、ディスクローターの熱ひずみの少なさ、冷却性、パッドの材質、フェード発生の穏やかさ、ホイールの剛性・・・・など非常に広い範囲にまたがるダイナミクスが問われるのである。
 また、ことブレーキに関してはクルマの価格やサイズ、エンジン出力などに関わらず等しく安心感の持てる信頼性の高いレベルでなければならない。
 こうした観点で見ると、現状のブレーキはまだまだ発展途上にあると考えざるを得ないのである。
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GM サターン

 後に「サターン・プロジェクト」と呼ばれるGMの画期的な小型車開発プロジェクトのスタートは、1983年11月にさかのぼる。
 当時のGM会長のR.スミスが日本製小型車に勝るクルマを新たに開発することを決定し、発表したのだ。80年代に入った当時のアメリカ市場は、日本製の小型車(サブコンパクトカー)が円安という追い風に乗じて猛烈な勢いでシェアを伸ばしており、これに対抗してGMは日本製サブコンパクトカーを圧倒するにふさわしい、優れたクルマを開発する事を決意したのである。このポリジェクとのためにGMは35億ドルを投入することになったという。
 この新しい小型車はサターンと名付けられ単に新型車を開発するだけではなく、そのクルマ専用の会社、専用の工場、専用の販売網をも新たに作ることになり、これらを総称して「サターン・プロジェクト」と呼ばれることになった。
 そして、発表から2年後の85年1月、GMの100%出資による独立会社、サターン・コーポレーションが発足し、ミシガン州デトロイトの北部郊外にあるトロイ市に本拠がおかれた。
 このようにサターン・プロジェクトは単なる新しいサブコンパクトカーの開発ではなく、専門のメーカーを新設するという壮大なプロジェクトであった。この野心的なプロジェクトに対して、アメリカでは多くのマスコミが懐疑的、批判的でありこのプロジェクトは失敗するであろうといわれた。しかしGMは、新しい会社を創設するための基礎固めを着々と推進していった。
 全米のGM工場や労働組合から選ばれた99人のプロジェクト・メンバーがそれぞれの専門分野に分かれて、サターンの可能性に対する調査、研究を実施したり、まさにGMと労働組合が組織横断的な体制を組んでプロジェクトを起動させたのだ。
 ところで、GM内部では高性能、高品質の日本製小型車を凌駕できるような画期的なサブコンパクトカーの研究を82年頃からひそかに進めていた。この研究は日本製の性能を上回る、革新的な小型車のスタディであり、最初のコンセプト・スタディ・モデルは86年初頭に完成した。そして、この年の秋には3/8スケールの樹脂モデルの4ドア・セダンが製作された。また、これと前後してシャーシのプロトタイプも試作されている。
 シリーズの基本となる4ドア・モデルのスタイリングは87年4月に最終決定し、これをベースに量産モデル開発のスタートが切られている。 
 サターンというクルマは、たんにダウンサイズしたアメリカ車ということではなく、かつてないほど積極的に新しい技術にチャレンジしたクルマであった。
 サターンは全長は約4.5mとし、ホイールベースは2600㎜、そして全幅は1695㎜…まさに日本車のサイズに納めて、搭載するエンジンは4気筒、1.9L、車両重量は限りなく1000kgに迫る事にした。日本でMクラスと呼ばれるクラスをターゲットにして、それを上回ろうという車両企画であり、そのために、世界でも類を見ない新しい技術を採用した。
 サターンは通常の常識を破るプレス成形の高張力鋼板によるスペースフレーム構造を採用し、高強度の骨格を形成している。そしてボディのアウターパネルのうちボンネットやルーフはスチールパネルを採用しているが、バンパー、フェンダー、ドアパネルなどには樹脂パネルを採用して、軽量なボディを実現しているのだ。
 サターン独自の樹脂パネルは、軽量であること、ボルトオン構造のため修理コストが安くなること、小さな衝突や傷に強いことなど、ユーザーメリットが大きいという利点から採用されたのだ。なお、樹脂パネルと総称されているが、バンパーは熱可塑オレフィン、ワゴンのバックドアは高い強度が得られるSMC、フェンダーやクォーターパネルはナイロンで強化されたGTX、ドアパネルは強度と柔軟性を両立させるABSという具合に適材適所の材料選択がされているのが特徴だ。
 そしてまた、これらの樹脂パネルを骨格のスペース・フレームに取り付けるために専用のクリップまで開発、採用されている。
 エンジンは、アルミ製の1.9Lの横置き4気筒で、大変軽量・コンパクトにまとめられている。当初はSOHCであったがその後はDOHCも追加されている。カム駆動は信頼性の高いチェーン駆動を採用。また、エンジンの各パーツの生産精度と生産効率を高めるために、シリンダーブロック、シリンダーヘッド、クランクシャフト、ファイナルギアケースは発泡スチロールによるロストフォーム式精密鋳造によって作られているのも大きな特徴となっていた。
 エンジンの出力特性は、ATとのマッチング、実用性能を徹底的に重視した低中速タイプである。最高回転数を低めにし、レギュラーガソリンを使用するなど実用性能、実用燃費を実現している。
 ATは電子制御タイプで、ドライバーの運転パターンを学習する最適変速制御、そして走行条件に自動的にマッチするファジィ制御など先進的な制御システムを採用。
 サターンは、安全性でも先進性を発揮し、全車が運転席、助手席エアバッグ、ABS、トラクション・コントロールを標準装備しているのはもちろん、連邦自動車安全基準(FMVSS)をクリア。50km/hでの正面衝突はもちろんのこと、後面、側面衝突からの衝撃も吸収しキャビンの変形を抑える、高強度のスペースフレームによる骨格構造を採用している。
 サターン・プロジェクトでは、サターン・コーポレーションというメーカーを創設するとともに、従来の自動車販売店とは異なる、独自の新しい販売網を作り上げることも含まれており、これはプロジェクトの中でも重要な位置づけとされていた。
 従来からある伝統的な自動車販売店は、購入希望者との価格値引き交渉に大きな労力を費やしてきた。しかし、購入希望者は自分と他のカスタマーでは値引きが違うのではないかということに疑惑を抱いたり、販売店に対する不信感を持つことが少なくなかったのが現実である。
 つまり従来型のディーラーに対する顧客満足度は低く、決して顧客からは信頼されていないのだ。こうした自動車販売店が抱える構造的な問題点を解決するために、最初から適正な価格を設定して値引きを行わない「サターンプライス」が導入された。
 この全てのカスタマーに公平で、透明性のあるサターン・プライスを採用することによって、ディーラーは価格の値引き交渉から解放され、カスタマーに対する様々なサービスに力を注ぐことができるということである。
 このサターンの販売方法は、サターンプロジェクト実現のためにカスタマーの意識調査を徹底的に行い、カスタマーにとって最も好ましい販売店を創設することを重要なテーマと考えた結果生まれたもので、従来の自動車販売方法を区別するために「ディーラー」と呼ばれている販売店を「リテーラー」という名称に変え、「セールスマン」は「セールス・コンサルタント」と呼ばれることになった。そして、カスタマーのためのコンサルタントであるという限りは、カスタマーの立場に立った適切なサービスの提供が要求されるので、独特な内容を持つ各種トレーニングを行うようになった。これは、その他の自動車メーカー、販売店にも大きな影響を与えることになった。
 サターンは90年7月に1号車がラインオフし、その年の10月に全米で発売が開始された。
 サターンは、最初から爆発的なヒットをしたわけではないが、カスタマーを優先するコンセプトが広く理解されるにつれ、販売は順調に伸び続け、93年には50万台、95年には100万台を記録した。
 リテーラーのカスタマーへのサービス、満足度を重視するポリシーも好評を博し、例えば94年に行われた「ホーム・カミング」というイベントが行われている。テネシー州スプリングヒル工場を舞台に行われた、このカスタマー・イベントには全米から4万4000人のサターン・オーナーとその家族が参加したのだ。このようなイベントはサターンの持つ特徴をよく表している。
 なお、アメリカで成功を収めたサターンは、1997年に日本のマーケットにも進出した。車種はSシリーズのみで、。「礼をつくす会社、礼をつくすクルマ」というキャッチフレーズを掲げた。アメリカと同様にワンプライス制で値引きなし、来店客に店側からは積極的に声を掛けないノープレッシャー営業など、アメリカのサターン方式をそのまま導入した。これらの販売システムは日本のメーカーの注目を浴びたが、日本ではサターンの販売は不振で、2001年に撤退した。
1990年モデル SL2
99年モデル SC2

iQとVW・up!

 トヨタiQがカーオブザイヤーを獲得したが、これは選考委員などの動向を見れば当然といえる。もしオデッセイが間に合っていれば、乱戦になったかもしれないけれど。
 iQはトヨタのフラッグシップ扱いだが、実際のところは次世代ヴィッツなどの先行モデルとしての役割もあるのかもしれない。現在はフレキシブル・プラットフォームであるから、ホイールベースの延長、全幅の拡大も織り込み済みのはずだ。

 iQは、マイクロミニ・サイズを実現するために何が何でも全長3mに抑えるという制約からスタートし、コンポーネンツやキャビンのパッケージングを行っている。その契機になったのは、もちろんsmartなのだろうが、視野の片隅にはVWのコンセプトカー、UPも入っていたはずだ。
 07年のフランクフルトショーでup!は出展された。全長3.45m、全幅1.63mの4人乗りで、これはマイクロミニ級というよりルポの発展モデルとされている。up!はRR駆動方式で、エンジン、トランスミッションはリヤ・アンダーフロア配置とされている。up!はフル4座席で、しかもシートを脱着することで多様なスペースを生み出すことができる。また、より室内スペースを拡大した、space-up!も東京モーターショーでベールを脱いだ。これは全長を少し長くし、全高を高めてより大きなスペースを実現するというモデルだ。ドアは4ドア+テールゲート。VWはこれらのコンセプトカーは、パッケージングのスタディとしているが、次世代Aセグメントカーとして、開発が行われているはずだ。
 新世代AセグメントはVWか、新ヴィッツ(ヤリス)か、いずれが覇者となるだろうか。

メルセデスベンツの安全技術の歴史的な回顧

1) 安全設計の始まり
 ダイムラーベンツの安全設計に対する取り組みは1939年(昭和14年)が端緒といわれている。ジンデルフィンゲン工場の取締役が、乗用車の開発段階で衝突時の安全性を盛り込んだ設計を行うことを提唱したのがその契機とされている。
 この設計コンセプトが提示された結果、メルセデスの設計者は、たとえ小さな点であっても安全性に寄与する要素は盛り込むことが求められるようになった。
 そして早くも1940年には側面衝突に対応した大断面のフロアクロスメンバーを備えた安全プラットフォームを試作するなど、安全コンセプトを取り入れるという設計思想はスタートを切り、この思想が戦後にそのまま引き継がれた。(写真は1940年の安全プロトタイプシャシー)
1940_proto.jpg


2) 戦後いち早く安全性能を追求
 戦後、ダイムラーベンツが再建されると1959年には安全性向上のための実験・研究が始まり、170Sを使用しての初のクラッシュテストが行われ、戦前の思想が確実に受け継がれていることを証明した。またそれより以前の、1951年には強固なキャビンと前後衝撃吸収ボディ構造を組み合わせた安全ボディ・コンセプトが特許を取得しており、こうしたコンセプトと衝突実験のデータを蓄積することで、先進的な安全ボディを市販モデルに先駆的に採用する準備が整えられた。
 これらの安全思想と技術はプロトタイプ車に盛り込まれ、実験を繰り返し、効果を確認する作業も積み重ねられた。(写真は170Sによる衝突実験)
170crash_tset.jpg

 こうした技術的な背景の下に1959年に発売された220b(フィンテール・モデル)で、世界初の衝撃吸収ボディ、突起物をなくしたインテリアを実現した。また1949年にメルセデスベンツの特徴のひとつにもなるアンチバースト性の高いコニカルピン式ドアロックの特許を取得しており、これも220bから量産採用されている。
 この当時、未だ戦後復興期であった時代に、他の自動車メーカーで安全性に着目したところは皆無であり、いかに安全性に関してメルセデスベンツが先駆的であったかが認識できよう。

* 220b時代に確立された安全コンセプト
・ 強固で変形しにくいキャビン構造
・ ボディ前後のクラッシャブル構造
・ 側面衝突に対して配慮したボディ構造
・ 衝突時に開かない安全なドアロック
・ 組み立て式ステアリングコラムとパッド付きステアリングホイール
・ シートベルトの装備
・ ボディ前後セクションの修理の容易化

3) よりリアルな安全性の追求
 ダイムラーベンツは安全ボディを備えた市販モデルが発売された後も衝突試験を繰り返し、さらに道路での事故車の調査などから、現実の事故では前後の衝撃吸収構造が必ずしも有効に働いていないことが確認された。つまり高速での事故では衝撃吸収構造がうまく機能せず、シートベルトを装着していない場合は乗員には強い衝撃がかかり、インテリアの突起物などで傷害を受けることが確認された。こうした認識から、今後はよりリアルな実験が必要という結論に達したのである。このため66年にジンデルフィンゲンに安全研究センターが開設され、以後のクルマの安全性の研究の先端を走ることになる。
 この安全研究センターでは、今日使用されている「アクティブセーフティ」、「パッシブセーフティ」といった用語や概念が確立され、世界の自動車メーカーに大きな影響を与えることになった。
 なおインテリアについては、乗員に安全なキャビン内装とすることでより傷害を低減できることが明らかになったが、次の課題は、より安全なシートベルトシステム、燃料漏れ対策、ステアリングシステムの開発であった。
 ちなみに1964年当時、他社のクルマとメルセデスベンツと比較試験が行われているが、安全性でメルセデスベンツは競合車より圧倒的な優位があることが確認されている。
 60年代の大きな革新は、安全なステアリングシステムの開発であった。60年にコラプシブルステアリングコラムの特許が取得され、68年に市販モデルに採用された。このシステムは衝突時にステアリングシャフトとコラムが変形し、室内に突出しないように設計されていた。ステアリングホイールには大型の衝撃吸収パッドが装備され、ステアリングギヤボックスもフロントアクスルより後方に配置されるなど、まさにステアリングシムテム全体での安全対策である。(なお、アメリカでリジッドバリアに50km/hで衝突した時のステアリングコラムの突出量を5インチ以内に抑えるという初の安全法規ができたのは70年のことである)
 1969年にはダイムラーベンツの事故調査チームが発足した。警察と地元のバーデン・ヴェルテンブルグ州の協力を得て事故現場での車両調査を開始した。この背景にはドイツ(当時は西ドイツ)では、年間交通事故死者数が1万9000人を超え、まもなく2万人に達すると想定され、交通事故に対する危機感がかつてないほど高まっていたことも見逃せない。
 ジンデルフィンゲンから半径100km以内で自社のクルマが関与した事故の場合、警察から連絡を受けると、速やかに事故現場に急行し事故車両の調査を行う。したがってこれ以後ダイムラーベンツは膨大な交通事故のデータと事故車の実態データを蓄積すると同時に同社が採用した安全設計や安全装備が現実に機能しているかどうかを調べることで、その後のより有効な安全性能追求を行う原動力になっている。
 この時代はシートベルトを装着せず、事故時にフロントガラスの破片で顔面に傷害を受けることが多かったため、メルセデスベンツはいち早く樹脂入り合わせガラスを採り入れたメーカーのひとつでもある。

4) ESV
 70年代に入ると、クルマの安全性に関する関心が深まり、アメリカでは安全法規が次々に制定され、その一方で国際ESVのプログラムにより15の自動車メーカーがプロトタイプを開発した。
 メルセデスベンツのESVは、前席のシート一体型シートベルトアンカー、全席のヘッドレスト、3点式オートシートベルト、ベルトフォースリミッター、エアバッグ、前後の衝撃吸収構造と強固なキャビン、衝撃吸収式ステアリング、歩行者・2輪車への安全対策など今日注目される技術を取り入れていた。
 なおアメリカでは、フルラップ衝突試験、ロールオーバー試験の基準が決定されたが、この過程ではベンツの手法がそのまま採用されている。

5) 新しい時代の始まり
 1972年にジンデルフィンゲンに新しい安全センターが作られ、すべての衝突実験は天候に影響されない屋内で実施されることになった。試験棟は全長100mあり、試験車両はリニアモーターカーによって加速されバリアに衝突させる方式を採用している。また多目的エリアは、側面衝突、後突、ロールオーバー試験などに使用される。
 またベンディックス社製衝突シミュレーションスレッドを使用することで世界最高の効率的な衝突再現能力を備えており、拘束装置やステアリングシステム、インスツルメントパネルなどの安全性評価を適格に行うことができるようになっていた。
 一方、数年間にわたる実際の事故調査の蓄積の過程で、法規で決められた前面衝突はきわめて稀で、リアルワールドでは非対称オフセット衝突が圧倒的に多いことが発見され、これがその後の衝突試験法や安全設計に大きく貢献することになった。
 W126は、このオフセット衝突に対応した世界初の新ボディ骨格を持つクルマである。
同時に前後席3点ベルト、ショルダーベルト位置調整式アンカー、インテリアの木目板にアルミシートをサンドイッチ化、さらに歩行者保護対策も取り入れられている。
 この安全設計は、W126以降、Cクラス、Eクラス、SLクラスと順次採用され、オフセット衝突対応のボディがリアルワールドでもきわめて有効であることが確認できた。
 このことからも明らかなように、ダイムラーベンツは安全性を高めるために必要かつ有効な技術は、各国政府の安全基準にとらわれることなく、まず社内基準化され、社内で実証し、積極的に量産車に反映させて行くことをポリシーとしている。

6) アクティブセーフティ
 ダイムラーベンツのABSの研究の源流は戦前の1941年に原理特許を取得したことに始まり、機械式のアンチロック・レギュレーターのテストが行われた。もちろんこれは大きな効果は期待できなかったが、4輪の車輪速を測るセンサーが必要であること、4輪のブレーキ圧を独立して調整できなければならいなことなど、ABSを成功させるための技術ターゲットが明確になっている。
 中でも車輪速センサーは、鉄道技術で使用されてきた機械式はクルマ用には不適当で、新たなセンサーの開発が1952年以降に着手され、67年にダイムラーベンツとテレディックス社の共同開発により非接触型センサーの開発に成功した。
 したがって、第1世代のABSはこのセンサーを使用したアナログ制御のABSとなり1970年に公開実験が行われ大きな反響を得た。
 しかし、実際にはアナログ式は実用化されず、この後ダイムラーベンツとボッシュが集積回路を持つデジタル制御ABSの開発に8年間を要した。
 そして1978年に、世界初の量産ABSが実現し、Sクラスのオプション設定とされた。
 ABSの実現以後、ASR、BAS、ESPなどドライバーを支援する車両安定化制御システムは一挙に大きな発展を遂げることになり、ダイムラーベンツは常に世界を一歩リードしたのである。その中でも特にBASは、運転シミュレーターを駆使し、一般のドライバーは危険に瀕した時でもブレーキ踏力がじゅうぶんではないというヒューマンファクターを発見したことから開発され、他メーカーは完全にそのコンセプトに追従することになった。(写真は巨大なドライビングシミュレーター)
driving_sym3.jpg


7) 新安全コンセプト
 ダイムラーベンツはクルマに盛り込まれる機能すべてを安全というキーワードの元に帰結させることが設計思想として徹底されている。
 そして常に世界をリードする新しい安全の概念を作り出しているのも事実である。
 その例は2005年に登場したSクラスに見ることができる。従来の直面した危険性を回避するというフィードバック制御に対して、新型Sクラスは危険が生じる前に事前に回避するといういわばフィードフォワード安全に挑戦したのだ。
 これはダイムラーベンツの安全に対する本質的な考え方である、クルマの安全性は統合的なものであり、細分化はできないということから得られた新たな方向性である。
 その新たなコンセプトはプレセーフと呼ばれる。 
従来の安全コンセプトであるアクティブセーフティとパッシブセーフティのそれぞれの守備範囲の間に、ほんのわずかながら、安全性を高めるためのもうひとつの領域があることに着目し、予測される事故に備えて、乗員保護性能をあらかじめ最大限にまで高めるということである。
 このコンセプトも、実際の事故調査データやドライビングシミュレーターを使用した実験により、危険回避操作をしてから事故の瞬間までにわずか数秒の時間があることや、シートポジションなどが不適切な場合はより乗員の被害が大きくなることなどに着目し、このため事故の可能性を予測し、衝突の事前段階でドライバーに警報を発し、自動ブレーキをかけ、シートポジションやシートベルト張力を補正するフィードフォワードコンセプトなのである。
 このコンセプトを実現するために、3個のミリ波レーダーを装備して、前方の障害物を捕捉し、衝突の可能性を判定するという新たなシステムを構築しているのだ。

8) 歴史的な評価
 ベンツ社の安全技術の開発の過程を見ると、1980年以前は同社が安全技術に関しては圧倒的に先行していたことがわかる。アメリカのラルフ・ネーダーが、1965年に「どんなスピードでも自動車は危険だ:アメリカの自動車に仕組まれた危険(Unsafe at Any Speed:The Designed-In Dangers of the American Automobile)」を出版し、アメリカ社会に大きな衝撃を与え、自動車の安全性が喚起されるようになったが、これは主として性能的な欠陥を意味していた。その代表がスピンを発生しやすいシボレー・コルベアだった。しかし、交通事故におけるパッシブセーフティや、事故回避能力高めるアクティブセーフティの概念は、やはりベンツ社がもたらしたもので、1970年代のESVにより、ようやく安全コンセプトが各自動車メーカーの共通認識として確立された。
 今日においては、自動車のパッシブセーフティ分野での安全基準が世界共通の安全法規として定められ、もはや以前ほどベンツの優位性は見られないが、アクティブセーフティに関するドライバー心理学的蓄積やマン・マシンシステムに関してはやはり多くのノウハウを累積しているのである。
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